大切なメガネ

先週、ショックなことがおきた。


自分は、メガネをかけているのだが、先月くらいからフレームの左側の丁番が緩くなっていたので、先週仕事が早く終わった日にメガネ屋に寄り、ネジを締めてもらおうと見てもらうと、ネジが結合部分の中で折れてしまい、締めることができないとのこと…。

なので、折れたネジを取り出して交換する完全依頼したところ、ネジを取り出す際にフレームが破損する恐れがあり、すでに同タイプのフレームも販売、在庫もないため、修理もできないと言われてしまった…。


非常にショックだった…



何故かと言うと、このメガネは、3年前の誕生日に彼女が買ってくれた物だった…

当日、二人でメガネ屋に行き、二人で選んだメガネだった。


あれからずっと、このメガネを通して彼女を見ていたし、彼女の最期もこのメガネで看取っていた…。


ショックと合わせて、もっと大切に使うんだったと、非常に落ち込んだ…。


メガネがないと何も見えないので、せめてもと、以前のメガネに似たタイプを選び購入した。


壊れたメガネをこれから、ずっと大切に保管しつつ、今度、お墓参りに行った際には、彼女に謝ろう…。

5回目の月命日

アップするのに、だいぶ時間が掛かってしまったが、この前の日曜日は、彼女の5回目となる月命日だった。

彼女が亡くなり、もう5ヶ月と言うのか、まだ5ヶ月と言って良いのか…。

いつの間にか、夏が過ぎ秋になってしまった。


当日は、昼間どうしても外せない用事があり、彼女に会いに行けたのが夕方となってしまった…。

ただ幸いなことにまだ明るい時間に着くことができた。

彼女のご両親やお姉さんも来ていたのか、花がいっぱい添えられていた。


僕も花を添え、遅くなったことを謝った。

最近起きたことなど、彼女に話しかけ、最後はやっぱり「寂しいよ」と言ってしまった…。

きっと彼女は、また謝っていたに違いない。

そんなことを、考えながら反省してしまった。


お墓参りが終わった後、いつもなら彼女との思い出の場所や、彼女が好きだったものを食べに行くのだが、その日は、仕事があったので足早に仕事場に向かったのが、余計に寂しさを増長させていた…。


また近々ゆっくりと彼女に会いに行こう

彼女のこと…

彼女が亡くなって、20週が経った…。

相変わらず、まだ実感がない…

と、言うか実感がないように思い込んでる気がする。

頭ではしっかりと認識してしまってるんだろう…。


仕事は、普通に働けている、ただ、時折、無性に罪悪感や喪失感に襲われるときがある。

そんな時はいつも涙が出るのでトイレに逃げてしまっている。

いまの口癖は、「彼女に会いたい」だ…


その時折以外は冷静なときが多く、自分は、冷たいのかな?とか思うこともあり、自分自信がわからなくなる。


こんな毎日で良いのだろうか?

いつか忘れてしまう日が来てしまうんだろうか…

そんなことを考えると恐ろしくてたまらない…。


友人から励まされることも多いので、気を使わせないように、なるべく表情を出さないようにすることが、増えた。

色々なブログで同じ境遇の方を拝見し、皆んな辛い気持ちがすごく伝わってくる。

ただ、どんなに他人が励ましても、その人の悲しみは、その人しかわからないよなぁ、と感じてしまう。

励まされると、本当に嬉しいのだか、余計悲しくなってしまう。

自分て、こんな嫌な奴だったのかと…認識してさらに嫌になる。


でも、いまはまだ彼女のことを思い出して悲しんでも良いよね…